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一度観たら、もう後戻りできない。WOWOWで体験するMETオペラ、世界最高峰の魔力

 三度の飯よりオペラが好きな人も、オペラは難しそうだと思っている人も、ニューヨークのメトロポリタン・オペラ(MET)の舞台を鑑賞したら、いままでの自分ではいられなくなる。片やオペラの深みにますますはまり、片やオペラの途方もない魅力に気づいて虜になる。METの舞台にはそれほどの魅力がある。
 オペラは音楽も芝居も美術も一体になった総合芸術だから、じつは音楽だけを聴くよりも、芝居だけを観るよりも、ずっと理解が深まりやすい。そして音楽や芝居や美術の水準が圧倒的に高いのがMETである。世界の一流歌手の歌声に、最高の指揮者が導くオーケストラの演奏に、壮麗な合唱に、絢爛たる舞台や衣裳に、最先端の演劇的切り口に、迫真の演技に、いちいち心を奪われる。しかも、それらが合わせ技で迫ってくるのだ。
 そんなMETのオペラ公演を、WOWOWなら自宅で楽しめてしまう。しかも、主として昨シーズンに現地で上演された舞台のなかで、選りすぐりのものだけが放送される。
 以下に、どのように「選りすぐり」なのか確認しておきたい。
 5月からWOWOWに初登場するのは、《アイーダ》《グラウンデッド》《蝶々夫人》《トスカ》《フィデリオ》《サロメ》の6演目。このうち《蝶々夫人》は前々シーズンのものだが、残りは前シーズンの舞台だ。悲劇的結末のものも、ハッピーエンドのものもあるが、どれも女性の強さが感動を呼ぶ点が共通している。

36年ぶりの新演出《アイーダ》

©Paola Kudacki/Metropolitan Opera

 目玉の1つは、5月に登場するヴェルディ円熟期の傑作《アイーダ》である。エチオピアの王女アイーダも強い女性で、エジプトの将軍で相思相愛のラダメスが、ふたが開かない地下牢に閉じ込められると、その前に地下牢に忍び込み、愛する人と死を共にする。描かれるのは究極の行動による永遠の愛だが、静かな死と対照的な華やかさも《アイーダ》の見どころだ。

©Ken Howard/Metropolitan Opera

 マイケル・メイヤーによる36年ぶりの新演出は、有名な「凱旋の場」がこのうえなく華麗だ。人々は絢爛たる古代エジプトが目の前に現れたかのような衣裳に身を包み、デジタル技術を駆使した映像が精緻な装置を引き立てる。遺跡を発掘する人たちの前に古代のできごとが展開する古代と現代が交錯した設定も、私たちと古代との距離を縮めてくれる。
 同時に、MET音楽監督ヤニック・ネゼ=セガンの指揮が、ヴェルディが意図した細やかな心理描写を徹底させている。地下牢で2人が永遠の愛を誓う場面も、アイーダ役のエンジェル・ブルーとラダメス役のピョートル・ベチャワの、ピアニッシモを多用した歌唱が美しすぎて、涙なしでは観られない(聴けない)。絢爛たる演出も心理表現に徹底的に寄り添っていて、世界最高水準の《アイーダ》だと断言できる。

リーゼ・ダーヴィドセンの「100万人の1人の歌声」

©Marty Sohl/Metropolitan Opera

 目玉のもう1つは、「100万人に1人の歌声」とも評されるノルウェーのソプラノ、リーゼ・ダーヴィドセンである。8月にヴェルディに続くイタリアの巨匠プッチーニの《トスカ》でトスカ役を、9月にはベートーヴェン唯一のオペラ《フィデリオ》で題名役を歌う。
 ダーヴィドセンのすごさは、1人の声にすべてが詰まり、すべてを同時に表現できることだ。温もりがあるその美声はかなりドラマティックなのに、かなり繊細でもある。一般にはドラマティックな声の歌手は、細部の表現が粗くなる。繊細な表現が得意な歌手は、声を劇的に響かせることは難しく、無理に歌えば声が壊れてしまう。
 ところが、ダーヴィドセンは圧巻のスケールで声を響かせ、それが高音までストレスなく達し、しかも声の肌理は細やかで、それを細密画のように繊細に操る。ダイナミックレンジが極大で、それがそのまま感情表現の広さと奥行きになる。実際、これほどの声は100万人に1人いるかさえわからない。

©Marty Sohl/Metropolitan Opera

《トスカ》の題名役は、恋人を救うために警視総監を殺し、それでも恋人が殺されると身を投げる。弱さと強さを併せ持った女性で、警視総監スカルピアとの二重唱も、アリア「歌に生き、愛に生き」も、痛切な心情が痛々しすぎるほど美しい。それがデイヴィッド・マクヴィカー演出の、1800年のローマに降り立ったような舞台で迫真的に演じられる。恋人カヴァラドッシ役のフレディ・デ・トマーゾも傑出している。

©Karen Almond/Metropolitan Opera

《フィデリオ》もすごい。フィデリオは本名がレオノーレで、偽名を使って男装し、不当に監禁されている夫を救い出す、正真正銘の強い女性だ。ダーヴィドセンが歌うと、夫を救う決意を歌う第1幕のアリアも、夫フロレスタンと救出をよろこぶ二重唱も、感情を強く描出しながら声の統制が少しも乱れず、すっかり感情移入させられる。

©Paola Kudacki/Metropolitan Opera

 さらにはヴェルディの《運命の力》が再放送されるからうれしい。ボタンの掛け違いから運命に翻弄されるレオノーラの絶唱。多くのソプラノにとっての難所を、ダーヴィドセンは強みに変えてしまう。
 声の魅力に気づくとオペラは怖い。底なし沼のように、あなたをオペラの深みに引きずり込む。ダーヴィドセンの歌に触れたら最後、逃れられないかもしれない。

METのオペラは魔力の宝庫

©Evan Zimmerman/Metropolitan Opera

《トスカ》の前に同じプッチーニの《蝶々夫人》が放送されるのもうれしい。蝶々さんも自分が信じた愛のためにみずから命を絶つ、ある意味で強い女性だが、その前に気の毒だ。そんな役を歌うのがアスミック・グリゴリアンなのも、じつに贅沢。彼女もダーヴィドセンと並んで、いま世界を席巻中のスター・ソプラノである。
 蝶々さんという役は、少女なのに劇的な表現が要求され、でも、少女だから繊細でなければならない。それを見ごとに両立できるのがグリゴリアンで、彼女でこの役を聴くと、ほかの歌手では生ぬるく感じてしまう。

©Paola Kudacki/Metropolitan Opera

 ところで、オペラが心を打つのは、いつの時代も変わらない人間感情の真実が描かれているからだが、もっとアクチュアルな演目もある。テソーリの新作《グラウンデッド》は、戦闘機パイロットが妊娠を機に地上勤務になり、ドローンを操縦して遠隔地を攻撃するようになり、倫理的葛藤をかかえるという作品。主演のエミリー・ダンジェロはまちがいなく次世代のスターだが、その前に、このテーマはいまの世界情勢にとっても切実だ。オペラは「いま」も描くのである。

©Evan Zimmerman/Metropolitan Opera

 R.シュトラウスの《サロメ》のヒロインも、とにかく自分の意志を貫く点で、現代的に能動的だ。また、主演のエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーの豊かな声には魔力がある。
 このようにオペラの各所にあふれている「魔力」。それがもっとも強烈なMETの公演。観なければもったいなさすぎる。

香原斗志(オペラ評論家)

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