『エリック・クラプトン『nothing but the blues』』音楽ライター・大友博氏による未公開の詳細書き下ろし解説を公開!

映画館からそのまま御茶ノ水に向かってしまう人も、少なくないかもしれない
文◉大友 博
映画『ナッシング・バット・ザ・ブルーズ』の日本での劇場公開がスタートするころには、主人公のエリック・クラプトンは、2年ぶりの日本公演に取り組んでいるはずだ。半世紀前の1974年秋に実現した初来日から数えて、じつに23回目。最終日には、日本武道館での110回目のステージに臨むことになるというではないか。どちらも、驚くべき数字である。
その直前の3月30日に80回目の誕生日を迎えているクラプトンは、60年以上に及ぶ活動を通じて、幅広い世代の、さまざまなタイプのファンを魅了してきた。魅了されただけではなく、あと戻りできないほどに引き込まれた、あるいは、人生を変えられてしまったという人も少なくないだろう。
80歳にしてなお創作意欲を失うことのないその人生はまた、複雑な生い立ち、幾多の挫折、叶わぬ愛、友人たちの相次ぐ死、薬物やアルコールへの過剰な依存、幼い息子の事故死など、数えきれないほどの苦難や苦悩を乗り越えて手にしたものでもある。
頂点に立ちつづける音楽家としての軌跡と栄光、そしてそういった起伏に満ちた人生の、そのすべての土台、基礎として存在してきたのが、この映画のメイン・テーマであるブルーズだった。前世紀初頭、米国深南部のごく限られた地域で生まれたミステリアスな音楽に、英国の静かな田園地帯で生まれ育った彼は理由もわからぬままに惹かれ、引き込まれ、衝き動かされ、ある意味では、少しでもその真髄に近づくことを目標として、ギターを弾き、歌いつづけてきたのである。
『ナッシング・バット・ザ・ブルーズ』の終盤で彼はこう語っている。「寄り道や脱線をすることも多かったけれど、長い時間がかかっても、またブルーズに戻ってくる」。そういうことなのだ。
1994年の秋、エリック・クラプトンは、はじめて古いブルーズ曲だけで固めたアルバム『フロム・ザ・クレイドル』を発表し、同コンセプトのツアーをスタートさせている。息子に捧げた「ティアーズ・イン・ヘヴン」とアルバム『アンプラグド』の驚異的なヒットで一気にファン層を拡大させ、グラミーも制覇した直後に、一般的な音楽ファンにはほとんど馴染みのない曲だけで大規模なツアーを行なってしてしまうのが、いかにもクラプトンらしいところといえるだろう。
しかも、ツアーの前半にはクラブ・ツアーが敢行されていて、この映画が撮影されたサンフランシスコの会場は、再オープンしたばかりの、ザ・フィルモア。キャパシティは1,300前後のはずだ。グラミー制覇後、世界各地の巨大なコンサート会場を連日満員にさせたアーティストが、少人数のファンとのインティマシーを大切にしながら、大好きな、自分にとってもっとも重要な意味を持つ音楽に、真正面から取り組む。そのすべてを、マーティン・スコセッシを中心にしたクリエイターたちが、貴重なアーカイヴ映像を駆使して、ブルーズの歴史、クラプトンにとってのブルーズの意味、ロックとブルーズの関係などにも言及しながらまとめ上げたのが、『ナッシング・バット・ザ・ブルーズ』なのだ。
クラプトンより3歳上のスコセッシは、説明不要の世界的映画監督だが、若いころにウッドストック・フェスティバルの映画製作にも関わっていたこと、ザ・バンドの解散コンサートで、クラプトンも出演していた『ザ・ラスト・ワルツ』のドキュメンタリー映画を監督し、中心人物だったロビー・ロバートソンと組んで多くの名作を残してきたことを付け加えておこう(ロビーは、クラプトンにもっとも強い刺激と影響を与えた同年代の白人ミュージシャンでもある)。『タクシー・ドライバー』での、ジャクソン・ブラウンの「レイト・フォー・ザ・スカイ」を印象的に使っていたあのシーンも忘れられない。
スコセッシ・チームのカメラは、ステージの全体像、ミュージシャンたちとのちょっとしたアイ・コンタクト、会場の様子などもきちんととらえながら、クラプトンの表情と身体の動き、彼がギターという楽器を媒介にしていかに感情表現をしていくかを、追いつづけていく。ここまで気迫のこもった表情と動きでステージに立つクラプトンは記憶にないと、映画を観終わってそう思われる方も多いのではないだろうか。
ちょっと視点を変えると、『ナッシング・バット・ザ・ブルーズ』は、いわゆるギター・フリークの方々にとっては見逃せない映画でもある。1974年の「復活」から85年のライヴ・エイド前後までクラプトンを支えた名器ブラッキー(3本のストラトキャスターのベスト・パートを自ら組み合わせたもの)は残念ながらすでに引退してしまっていたが、メインのストラトキャスターには、シグネチャー・モデルのブラックとオリンピック・ホワイトが使われていて、どちらも表情豊かなサウンドでクラプトンのブルーズに貢献している。エレクトリック・ギターではほかに、クリームの解散コンサートの映像でも強烈な印象を残したギブソンES-335も登場。また、アンプラグド・セッションで使われたアコースティック・ギター、マーティン000-42、同じくマーティンの12弦ギターJ12-40、美しい装飾のドブロなど、それぞれの曲が求めるサウンドにあわせて、何本もの貴重なギターがつぎつぎと弾かれていく。映画館からそのまま御茶ノ水に向かってしまう人も、少なくないかもしれない。
『ナッシング・バット・ザ・ブルーズ』は1995年に、放送を前提に製作されたものの、しばらく公開されていなかったのだが、それが2022年になって16:9の4K映像、5.1チャンネルのサラウンド映像で作品化され、日本ではWOWOWでのオンエアをへて、劇場公開に至ったものだ。そのサウンド面でのアップグレードを手がけたのは、90年代半ばからさまざまな形でクラプトンの活動を支え、98年発表の『ピルグリム』以降ほぼすべての作品をプロデュースしてきたクリエイター、サイモン・クライミー。後方の客の歓声や拍手までもがリアルに伝わってくる臨場感あふれるサウンドにたっぷりと浸って、クラプトンがクライミーに寄せる信頼の深さにあらためて納得させられた次第だ。